2009年06月26日

武装勢力がイラク人の技術者や知識人

2006年に入って、武装勢力がイラク人の技術者や知識人を巧妙に殺害していることがわかってきた。フセイン政権は国力となる知識階級を積極的に育成してきたが、武装勢力はこれらの人々を直接殺害、あるいは拉致してから殺害して死体を遺棄するなどの方法で、すでに医師が約300名、科学者が約100名、大学教授は80名以上が殺害された。知識階級はバース党員や旧政府の官僚が多かった為、抑圧されてきた勢力の犯行だと考えられるが、身代金目的の誘拐も数多い。このような治安悪化を理由として、40万人のイラク人が危険を感じて国外へ逃亡しており、国家の基礎体力低下は避けられない。2006年にイラクにいる医師は全土で2000名程度と見られている。

このため、イラク国内において、故意にイラクを弱体化させようと動く勢力の存在が浮かび上がっている。また、フセインは初等教育にも力を入れており、湾岸戦争前に9割あった(とされた)識字率も、戦後の経済制裁とこの戦争、続く統治の失策によって5割を下回っている。

2006年4月に入ると、エジプトやサウジアラビアの要人が相次いで「イラクは内戦である」と発言し、イラク移行政府が強く反発した。しかし国内はシーア派とスンニ派による抗争が過激化し、連日テロや殺戮が起こっていた。スンニ派が反発したのは移行政府首相がシーア派過激派のサドルと親密だったからである。4月22日、シーア派系議員連合「統一イラク同盟」(UIA)は、首相にジャワド・マリキを擁立した。スンニ派とクルド人も容認し、連邦議会が再開した。4月26日には早くもアメリカ政府からラムズフェルド国防長官とライス国務長官が相次いでイラク入りし、これを歓迎した。
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閣僚についての決定は、各宗派の調整に手間取り、閣僚をそれぞれの宗派の議席に割り当てることで合意するが、国防相と内務相をマリクが兼任すると言う暫定的な形となった。5月20日にマリクが閣僚名簿を読み上げ、議会が賛成して承認され、正式政府が発足した。フセイン政権崩壊から3年が経過していた。アメリカ軍は、政権発足時に25万4000人のイラク治安部隊を32万5000人に増強し、12月までに95パーセントを達成するとした。しかし、アメリカ軍の撤退については、ラムズフェルド長官は「削減できればいいが、約束はできない」と発言した。

2009年06月10日

免疫グロブリンが肥満細胞(マスト細胞)や

IgEというタイプの免疫グロブリンが肥満細胞(マスト細胞)や好塩基球という白血球に結合し、そこに抗原が結合するとこれらの細胞がヒスタミン、セロトニンなどの生理活性物質を放出する。それにより、血管の拡張・透過性亢進などが起こり、浮腫、掻痒などの症状があらわれる。この反応は抗原が体内に入るとすぐに生じ、即時型過敏と呼ばれる。アレルギー性鼻炎、気管支喘息、蕁麻疹等。反応が激しく、全身に起こる場合には急速に血圧が低下するショックを来すこともある。これを、アナフィラキシーショックという。また、この種のアレルギー症状は、10分前後で現れてくる。

代表的な疾患としては、蕁麻疹、PIE症候群、食物アレルギー、花粉症、アレルギー性鼻炎、気管支喘息、アトピー性皮膚炎、アナフィラキシーショックがあげられる。

II型アレルギー [編集]
IgGというタイプの免疫グロブリンが、抗原を有する自己の細胞に結合し、それを認識した白血球が細胞を破壊する反応である。代表的にはB型肝炎やC型肝炎などのウイルス性肝炎が挙げられる。ウイルスを体内から除去しようとする結果、肝細胞が破壊されるため症状を来している。ペニシリンアレルギーも、II型アレルギーの一種である。この種のアレルギーの有無は、Coombs試験などの検査によって調べる。

代表的な疾患としては自己免疫性溶血性貧血(AIHA)、不適合輸血、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、悪性貧血、リウマチ熱、グッドパスチャー症候群、重症筋無力症、橋本病、円形脱毛症があげられる。

III型アレルギー [編集]
免疫反応により、抗原・抗体・補体などが互いに結合した免疫複合体が形成される。この免疫複合体が血流に乗って流れた先で、周囲の組織を傷害する反応である。免疫複合体の障害する部位が限局的な部位にとどまる反応をアルサス型反応といい、全身にわたるものを血清病と呼ぶ。過敏性肺臓炎はアルサス型反応の、全身性エリテマトーデスや溶血性連鎖球菌感染後糸球体腎炎は血清病の代表例である。 この種のアレルギーは、2?8時間で、発赤や浮腫となって現れる。
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代表的な疾患としては血清病、全身性エリテマトーデス(ループス腎炎)、急性糸球体腎炎、関節リウマチ、過敏性肺臓炎、リウマチ性肺炎、多発性動脈炎、アレルギー性血管炎、シェーグレン症候群があげられる。

IV型アレルギー [編集]
抗原と特異的に反応する感作T細胞によって起こる。抗原と反応した感作T細胞から、マクロファージを活性化する因子などの様々な生理活性物質が遊離し、周囲の組織傷害を起こす。薬物アレルギー、金属アレルギーなどがある。他のアレルギー反応がすべて液性免疫であるのに対し、IV型アレルギーだけは細胞性免疫がかかわり、リンパ球の集簇(しゅうそう、むらがってあつまること)・増殖・活性化などに時間が掛かるため、遅延型過敏症と呼ばれる。ツベルクリン反応、接触性皮膚炎などがある。 この種のアレルギーの皮内反応は、24?48時間後、発赤、硬結となって現れる。

代表的な疾患としては接触性皮膚炎(いわゆる「ウルシかぶれ」は「アレルギー性接触皮膚炎」の一種である。)ツベルクリン反応、移植免疫、腫瘍免疫、シェーグレン症候群、感染アレルギー、薬剤性肺炎、ギラン・バレー症候群があげられる。

近年、免疫学の進歩により細胞性免疫によるIV型アレルギーも責任免疫細胞によって細分類されることがある。しかし細分類してもマネジメントは変化しない。

IVa型
Th1細胞とマクロファージによる反応でありツベルクリン反応、接触性皮膚炎がこれに含まれる。

IVb型
Th2細胞と好酸球による反応であり気管支喘息、アレルギー性鼻炎、蛋白誘発性腸炎が含まれる。

IVc型
CD8+T細胞による反応であり接触性皮膚炎が含まれる。

IVd型
T細胞と好中球による反応でありベーチェット病などが含まれる。

2009年06月07日

鎧(よろい)は、戦闘の際に装着者の身体を

鎧(よろい)は、戦闘の際に装着者の身体を矢や剣などの武器による攻撃から防護する衣類・武具のこと。重要な臓器のある胴や胸の部分を守るのが主な目的である。人間だけではなく、戦馬や象などの動物を保護するために使われることもあった。

鎧の素材は、革・青銅・鉄と実に様々で、また同じ鉄であっても板金を加工して用いたり鎖状にしたものを用いたりとバリエーションに富む。全身に装着する鎧(鋼材を打ち伸ばして作った鉄板を組み合わせたもの。日本に輸入されたものは南蛮胴と呼ばれる)や、鉄や青銅のリングを幾つも繋いだリングメイルなど(類似のものに鎖帷子など)がある。日本の鎧には、鉄・革・木などの小板を紐で繋げた物がある。

南洋では鮫の歯で作られた鎧、ネィティヴアメリカンには木の鎧などがある。

ローマ時代末期よりメイルが出現するが、当初は製造に手間がかかったため一部の使用に限られた。中世になると鎖の量産技術が確立したため、メイルがヨーロッパ全域で装着されるようになり、十字軍時代の1250年ごろまで使用された。この頃から、騎兵にとって歩兵から狙われやすい脚部、次いで腕部と、少しずつ鋼鉄板(プレート)が追加されるようになった。やがて全身を覆い出すようになってプレートアーマーとして完成する。通常の刀剣や槍、性能や場合・角度・距離では弓と矢もプレートアーマーには無力であるため(装甲されていない所には通用するが、予備に鎖帷子などが装備されている事がある)、モルゲンシュテルンなどの打撃武器が対抗するように発達した。
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現在プレートアーマーとして知られる装飾性の高い物は、騎士の戦場での重要性が低下した1400年以降に出現したものであり、騎士の役割りが、戦士としてより指揮官としての面が強くなり、身分を象徴するようになったことを反映している。この頃は日常においても、ファッションとしてプレートアーマーの一部を装着する事が流行する。

1500年代後半を境に、プレートアーマーで身体を覆う面積が少なくなっていき、半甲冑へと移行する。銃砲の発達に対抗するために重量を増したプレートアーマーに、着用者が耐えられなくなり、やむなく面積を減らす事で対応したのである。それにも限界があり、徐々にプレートアーマーは用いられなくなる。第一次世界大戦期まで胸甲騎兵として命脈を保つものの、騎兵そのものが時代遅れとなり、消滅する。

2009年04月23日

相手の表情から気持ちを読むこと

「場の空気を読む」ということは、集団や社会への親和性という面から見れば、周囲の人の反応を意識することと言える。他人の表情や言動と言ったものの中から、自分が何がしかの行動を取ったことへの評価に相当する情報を見つけ出すことである。

場の空気を読むことに長ける人は集団への親和性が高くなり、逆に場の空気を読めない人は集団内の人々からの評価が低くなる傾向が見られる。これは日本に限ったことではなく、他の国々でも同様の傾向があると思われる[6]。

内藤誼人は自著『「場の空気」を読む技術』において、顔の表情を読むこと、なかでも相手の眼を見ることの重要性を強調している。相手の言っていることと相手の表情とが一致しなかったら、表情のほうが相手の真情なのだと気づくことが大切である。例えば相手が「怒っていないよ」と言っている時に怒っている表情をしていたら、相手は怒っていると気づくことが必要なのである。
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「場の空気」が読めない人は、相手の顔の表情や眼元の表情を見ないで話す傾向がある。うつむきがちに話したり、顔ではないところや、手元の資料を見ながら話す傾向がある。それにより耳から入ってくる言葉にばかり注意が向き、相手の真意・心情を理解し損ねるのである[8]、と内藤は述べている。 「場の空気を読めない人」というのは、年齢・性別にかかわらず存在しているとされる。

場の空気を読むには人の心理を読む必要があるが、その人の基本的なものの見方、考え方、信条などを知るようにし、たとえそれが自分の考え・信条と相容れないものでも理解しようと努めれば、よりうまく読めるようになる[9]。

「場の空気」を読んだうえでどのように振舞うか
「場の空気を読む」ことと、それを踏まえて「どのように振舞うか」ということは、また別の要素である。無数の主体的な選択肢が、各人の技量・価値観・道徳観・哲学・人生観・生き様などと呼ばれるものに応じて、その瞬間瞬間に存在している。

一般論として述べるならば、よほど切迫した事情が無い限り、好ましいと感じている反応が相手の表情に出たら行動を積極的に行い、否定的な反応が出た場合は、自分が直前に取ったような行動は抑制するというのが、おおむね賢い方法であることは多い。つまり「場の空気」を読んで発言や行動を控える、「場の空気」を読んで場に相応しい発言をする、といった振る舞いなどである。

だがそのような振る舞いだけでなく、もっと主体的な振る舞いも存在する。例えば、「場の空気」が"陰鬱"と読んで自ら「場の空気」の主導権を握り明るいものにする、「場の空気」が"いじめ"あるいは"犯罪的"と読んで適切・適法な行動を取る、あるいは「場の空気」が"自分の身に危険"と読んで早めにその「場」そのものから離れる、等々等々の選択肢も存在している。

振舞い方については、各人の技量・価値観・道徳観・哲学・人生観・生き様に関連することだけあって、唯一の正解があるというわけでもないので、議論が尽きない。

「場の空気」を読む能力の習得
一般的には、相手の表情を読んで自分の行為・発言に対する評価に相当する反応を見出す能力は、これに関する訓練や実地体験の積み重ねによって伸ばすことができる。通常、このような訓練は主に成長過程で、家庭教育において極めて自然な形式で行われているので、各家庭ごとの文化的基盤の差の影響を受けやすい。 また成人してから、形式知のような形で理知的にこれを理解しようという場合は、マナー教育などを通して、学習することも可能である。また、このためのマナー関連のハウツー本(マニュアル本)なども多く出回っている。

2009年04月22日

メソアメリカ

メソアメリカは、メキシコ及び中央アメリカ北西部とほぼ重複する地域において、共通的な特徴をもった農耕民文化ないし様々な高度文明(マヤ、テオティワカン、アステカなど)が繁栄した文化領域を指し、パウル・キルヒホフ(P.Kirchhoff)の文化要素の分布研究により定義された。地理的には、北は、メキシコのパヌコ川からシナロア川あたりまで、南はホンジュラスのモタグァ河口あたりからコスタリカのニコヤ湾あたりまでであるが、この境界線は歴史的に一定していたわけではない。 下記のように壮麗な神殿ピラミッドなどを現在も残す「メソアメリカ文明」が繁栄した地域と考えればよい。「メソアメリカ文明」では、

バポス ランパン スモーク ワード ねじめ ブルー ケチャ ゴム編み じゃっこ リッチ マリンスノ ラーマー パブコメ フェテ タリア 森の小人 ザイール パパ シエナ ユニット アセビ ムスク フォルタ メンテ ミサンガ ディス ジーンズ ニュート ブラッシ ブロック タイチュー ブルネット フラワー チュート ダブル クーチュ エアリアル スワジ 地平線 セミオート パテント 黒いカバン リンパ バトン 人魚姫 ハンドガン ラスプーチ スイン クラウト ターテー

オルメカ文明(メキシコ湾岸;紀元前1250頃?紀元前後)
テオティワカン文明(メキシコ中央高原;紀元前後?7世紀頃)
マヤ文明(メキシコ南東部、ユカタン半島、グアテマラなど;紀元前3世紀?16世紀)
トルテカ文明(メキシコ中央高原;7世紀頃?12世紀頃)
サポテカ文明(メキシコ・オアハカ地方;紀元前7世紀?16世紀)
ミシュテカ文明(メキシコ・オアハカ地方;)
タラスカ王国(メキシコ西部地域、ミチョアカン州など;)
アステカ帝国(メキシコ中央高原;14世紀頃?1521年)
などが興亡した。

2009年04月05日

上田秋成

上田 秋成(うえだ あきなり、享保19年6月25日(1734年7月25日) - 文化6年6月27日(1809年8月8日))は、江戸時代後期の読本作者、歌人、茶人、国学者、俳人。怪異小説「雨月物語」の作者として、とくに知られる。

1734年(享保19年)、大阪曾根崎に、松尾ヲサキの私生児として生まれた。父は確かでない。「父ナシ、ソノ故ヲ知ラズ。四歳、母マタ捨ツ」(自像筥記(1808))。

1737年(元文2年)4歳、堂島永来町(現、大阪市北区堂島1丁目)の紙油商嶋屋、上田茂助の養子となり、仙次郎と呼ばれた。翌年疱瘡を病み、手の指が不自由になった。この年茂助は妻女を喪い、翌年再婚し、彼はその第2の養母のもとで育った。

疱瘡を病んだとき、茂助は、加島村(現、大阪市淀川区加島)の加島稲荷(現、香具波志神社)に本復を祈願し、68歳までの存命を告げられ、以降、秋成も同社への参詣を怠らなかった。
1751年(宝暦元年)18歳、遊蕩を覚えた反面、この頃から俳諧に遊び、戯作を耽読し、和漢の古典を探るなど、基礎を養った。感化を受けた師友には、高井几圭・小島重家・富士谷成章・勝部青魚らがあった。

俳号は「漁焉」であったが、ほかに、無腸、三余斎、余斎、鶉翁、鶉居(うづらゐ)などの別号、和訳太郎、剪枝畸人、洛外半狂人などの戯号(筆名)を用いた。
「無腸」とは、蟹。「内は柔らかいが外は固い」「世を横に歩く」など、おのれの頑固・狷介をこの別号に諷したとしても、知友は少なくなく、師を遇する礼にも厚かった。
「剪枝畸人」は、万全でない指への拘わりと解される。
1760年(宝暦10年)27歳、京都生まれの植山たまと結婚した。間に子はできなかった。翌年茂助が没し、嶋屋を継いだ。1764年(明和元年)、大阪で朝鮮通信使一行との筆談に参加した。漢学にも通じていた。

1766年(明和3年)33歳、小説「諸道聴耳世間猿」(しょどうきゝみゝせけんざる)上梓。賀茂真淵一門の国学者、加藤宇万伎に師事した。1767年、「世間妾形気」(せけんてかけかたぎ)上梓。この頃、天満の儒医都賀庭鐘に白話小説を教えられた。1768年、「雨月物語」初稿。

1771年(明和8年)38歳、嶋屋が火災で破産し、加島稲荷の神職方に寄寓して、友人木村蒹葭堂らに助けられながら、医を学んだ。師は都賀庭鐘であったという。1773年、加島村で医者を始めた。通称に「東作」、名に「秋成」を用いた。この頃から、与謝蕪村・高井几圭の子高井几董らと付き合った。

1776年(安永5年)43歳、大阪尼崎(現在の大阪市中央区高麗橋付近)に移って医療を続けた。「雨月物語」上梓。1779年(安永8年)、「ぬば玉の巻」(「源氏物語」注釈)ほか稿。1780年、淡路町切丁(現在の大阪市中央区淡路町1丁目)に求めた家を改築し、翌年住まった。この頃、細合半斎、江田世恭らと交わった。

1784年(天明4年)51歳、「漢委奴国王金印考」(考証)、1785年、「歌聖伝」(万葉集研究)稿。賀茂真淵述「古今和歌集打聴」(うちぎぎ)を校訂。1786年、思想・音韻・仮名遣いなどで、本居宣長と論争した。

1787年(天明7年)54歳、大阪北郊淡路庄村(現在の阪急電鉄淡路駅付近)に隠退した。「書初機嫌海」(かきぞめきげんかい)(戯作)、「也哉鈔」(やかなしょう)(俳文法書)を上梓。

1789年(寛政元年)56歳、妻の母と2番目の養母とを淡路庄村でみとった。1790年、左眼の視力を失った。妻が剃髪して瑚璉尼を称した。1791年に「癇癖談」(くせものがたり)(随筆集)稿、真淵の「あがた居の歌集」と宇万伎の「しず屋の歌集」を校訂上梓。1792年、「安々言」(やすみごと)(評論集)稿。

1793年(寛政5年)60歳、京都の袋町(現在の京都市東山区袋町)に移った。真淵述「伊勢物語古意」を校訂上梓。その後、南禅寺山内(左京区)、東洞院四条(下京区)、衣棚丸太町(上京区)、袋町と転々しながら、1794年「清風瑣言」(匙茶道書)を、1797年「霊語通」(仮名遣い研究)を上梓。この年、妻に先立たれた。校訂は生活の資であった。

1798年(寛政10年)65歳、右目も失明するが、大阪の鍼医、谷川良順の治療によりやや回復した。以降しばしば治療に通った。帰京後、門人羽倉信美の丸太町(上京区寺町通広小路)の邸内に移り住んだ。伏見稲荷の祠官である。1799年、「落久保物語」上梓。

京都時代には、妙法院宮真仁法親王、正親町三条公則、小沢蘆庵、木村蒹葭堂、伴高蹊、村瀬栲亭、初代高橋道八、そして江戸の大田南畝らと交わった。

1801年(享和元年)、昔加島稲荷に告げられた68歳に達し、68首の「献神和歌帖」を編んで同社に奉納した。「冠辞続貂」(かんじぞくちょう)(万葉集論)上梓。1802年、自らの墓を西福寺(左京区南禅寺草川町)に作った。1803年、「大和物語」を校訂。大阪で七十の賀宴が開かれた。この頃「遠駝延五登」(おだえごと)(古代史論)稿。

1804年(文化元年)71歳、「金砂」(こがねいさご)(万葉集注釈)、「金砂剰言」、1805年、「七十二候」稿。西福寺に移り住んだ。「藤簍冊子」(つづらぶみ)(歌文集)上梓。1806年、「ますらを物語」稿。1807年、草稿を古井戸に捨てた。1808年、「春雨物語」(短編小説集)稿。「文反古」(ふみほうぐ)(書簡文集)上梓。「胆大小心録」(随筆集)「自像筥記」などを稿。

1809年(文化6年)76歳、羽倉邸に引きとられた。「異本胆大小心録」を脱稿。「俳調義論」を編。6月27日同邸に没し、西福寺に葬られた。贈り名は「三余無腸居士」。1821年(文政4年)の十三回忌に建てられた墓石が、今に残っている。別に、香具波志神社に墓碑がある。

ほぼ同時期に江戸で活躍した読本作者には曲亭馬琴や山東京伝がいる。

ドタキャン ターム みゅすか オプテ オースト ヌクレ バコマ ソプラ シャン ライナ オオボ チョン ネコン ブロス ロード おおだま バリア チャーム ヤブコウジ シアター 風模様 フェニック ジェット サーチ群青 トウバ マルア コンバレー サンベ ジャンパ アパチャー フィジカ キュリー スカンジ シガー タワナ マンガ グーイ デュオ トリレ ラジアン ピーチ パール チーム ビースト オシロ エリトリア トラッ トデー 樹やしき リュウノヒゲ


2009年03月21日

長距離利用者に速達サービス

先述の考えに基づき、旧国鉄においては、「長距離利用者に速達サービスを行う」特別急行列車については、運行当初より1965年頃まで、ほぼ全列車が、全等級において全車両全座席指定制で運行されていた。また、「黒潮」号の様な一部の観光列車についても座席指定制で運行されていた。

なお戦後の優等列車の中には、座席指定制で運行された列車が、他の列車より格が上だとされるものがあったとされる。

旧国鉄・JRの列車では、普通車を全車全席ではなく一部を座席指定とする場合、1本の列車のうち特定の車両が常に指定席車で他の車両を自由席車としている。1両の車両内で特定の座席が常に指定席で他が自由席となっている列車もある。そのような普通車で、常に指定席とされる座席が自由席とされる座席と座席の質が同等である場合と、指定席とされる座席がより質の高い座席である場合がある。
ション トリソウ コホシュ 砂漠 スタディ イライン リセッセ シミュレ タリオ ドライシ アカネス 晴レルヤ グレープフ イナル タラップ クォーラム ウンセケ ブルート シュガ オートク しむか かんげん ボール 海辺の扉 ブィク バック ミディア 蛍の光 スクリュ 天喜人気 チーズ セラピー ゴリラ コレク ブックパカ テクタイト スローピン サンダー タータン ガイドヒヒ シトリン プリ マップ テークオフ シュビル クイヤン バンド トピック SEOタウンテニス シーディー

後者の例では、山陽新幹線のひかりレールスター、東北・上越新幹線のMaxシリーズ1階席の例がある。また、事実上グリーン席に準ずる特別席の格として北海道旅客鉄道(JR北海道)の「uシート」がある。

現在ではJR優等列車のグリーン車はほぼすべて全席指定だが、かつては国鉄・JRに、グリーン車(一等車)自由席を設けて運行された優等列車も急行列車を中心にかなりの数が存在した。JR快速・普通列車のグリーン車は、国鉄時代から首都圏の列車のグリーン車を中心に、多くが全席自由席だが、JR化後はグリーン車(グリーン席)を全席指定にする快速・普通列車が幾分増えた。

寝台車は、横臥して一般の座席利用よりも快適に睡眠を取る設備である寝台を確保する観点から、すべて指定制である。

JRでは、寝台のみで座席のない寝台列車や「はやて」など一部の新幹線を含む座席車が全車全席指定の特急列車では、自由席利用と同額の立席特急券で利用できる場合があるが、列車は指定され1列車あたりの発券数も限定されている。「立席承知」とはいえ、通例は常に着席が認められないわけではなく、普通車に空席が生じた場合に着席できる。ただし、座席指定のある乗客が来た場合には席を離れる必要がある。

また、区間を限ってその利用を認める場合と満席の場合にその利用を認める場合がある。寝台特急の立席特急券での利用では、座席扱いにして着席する場合もある。なおこの場合、開放式と称されるものについて認めている。これについては、寝台券の項目を参照されたい。

JRの快速・普通列車は原則的に普通車自由席のみであり、グリーン車連結でも普通車・グリーン車ともに全車全席自由席となっている列車が多いながら、快速・普通列車でも、SL列車などの観光・レジャー目的の列車、優等列車同様に中距離以上の都市間輸送を担う列車、新幹線接続の列車、夜行列車などでは、グリーン車全席と普通車の一部を座席指定にしている列車があるほか、普通車のみの列車でも全車全席または一部を座席指定にしている列車がある。全席指定の例は「ムーンライトながら」(夜行)や「SLやまぐち号」(観光目的)など、一部指定は「マリンライナー」(都市間輸送・新幹線接続)などが挙げられる。

通勤客向けのホームライナーなど大都市圏・都市圏で運行される、乗車券のほかに乗車整理券・ライナー券を必要とする列車は、多くが定員制のため乗車整理券等で列車名や号車が指定されるが、席番まで明確に指定されない。ホームライナーのうち「中央ライナー」・「青梅ライナー」はライナー券で席番まで指定され、定員制でなく全車全席指定制をとっている。また、他のホームライナー等でも、名目上は定員制ながら乗車整理券で席番まで指定する列車があり、この場合は実質的に全席指定制である。

これらの指定席を有する列車の情報は、JRの予約システムであるマルスに収録されており、マルスの端末が置かれた鉄道駅や旅行会社などの「みどりの窓口」で予約・購入できる。有人窓口や一部の指定席券券売機では、予約時にこの時点での空席から任意の席を指定できる場合もある。

2009年03月06日

特殊な戦列艦

掲の分類は一般的に使用されたものを取り上げたが、他にも特殊な事例としては以下のようなものがある。、

ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダー(スペイン、1769年)
120門3層艦の甲板を増やし、4層144門艦、後に136門としたものである。サンティシマ・トリニダーは建造当時世界で唯一の120門艦であり、1795年に改装を受けると世界で最も多数の砲を装備した戦列艦となった。しかし帆走性能は劣悪で、「El Ponderoso」(巨大なのろま、といった意味)というあだ名が付くほどであった。トラファルガーの海戦ではイギリス艦隊の集中攻撃を受けて早期に降伏している。他の4層艦としては以前触れたアメリカ海軍のペンシルヴァニアがある。

グラットン(イギリス、1795年購入)
グラットンは史上唯一のカロネードのみで武装した戦列艦である。門数自体は56門と当時の戦列艦としては少ないが、通常の艦が高々36ポンド砲しか装備していなかったのに対し、グラットンは64ポンドカロネードであったため近距離での投射重量では1等艦に比肩した。

セント・ローレンス(イギリス、1814年)
米英戦争時にオンタリオ湖で建造された112門艦である。湖外に移動できないため戦争が終結すると不要となり、翌1815年退役した。その後沈められたが、現在でも湖底に残っている。設計は珍しいものではないが、唯一の淡水専用の戦列艦だといわれている。

レイジー
2層戦列艦の甲板を削減し、フリゲートに改装したものである。戦術的価値の低くなった64門艦などがこの改装を受けた。

封鎖艦
旧式の74門艦に簡単な装甲と推進器を取り付けた艦で、沿岸砲撃に利用された。主に1845年ごろのイギリスで作られ、クリミア戦争などに投入された。

武装と戦術
武装
カノン(長砲)

戦列艦の主な兵器はカノンであるが、陸戦用のものとは仕様が異なっていた。カノンを載せる砲車はトラックと呼ばれ、陸戦用のものが二輪であったのに対して、おおよそ四輪であり、また船体と索でつながれていた。これは発射の反動により砲が後退するのを抑えるためのものである。戦列艦の発展は基本的に船を巨大化させ、載せる砲の数を増やす方向で行われ、36ポンド砲以上の大口径化などはほとんどなかった。これは、当時の砲は前装砲であるため装弾の際に砲は仰角をとらなければならないことに起因する。砲が大型であれば人力による操作が困難になるために利用されなかったのである

なお、本文中でも多用されている「74門艦」のような門数は普通カノンのみを数え、下記のカロネードや旋回砲は計上しない。

カロネード

18世紀後半からイギリス海軍ではカロネードが採用されている。これは短砲身の大口径砲で、接近戦では大きな威力を発揮した。

砲弾
戦列艦用の砲で用いられる砲弾には多くの種類があった。戦列艦が用いられた時代の海戦の目的は艦を撃沈することではなく、乗員を殺傷する、または索具を切断するなどして航行不能に陥らせるということに主眼が置かれていた。特にフランス軍は風下から索具を狙って砲撃した後に戦場から退避する戦術を多用したため、砲弾を鎖や鉄棒で繋いで索具に命中しやすくした砲弾も使用していた。通常の球形弾を用いた際の艦砲の最大射程は2-3km程度であったが、接近して「ピストルの射程で」片舷斉射を行うことが多かった。この際には砲弾を複数発装填して破壊力を増したり、マスケット弾を多数装填して甲板上の敵兵を狙うような戦術も多用された。

小火器
戦列艦は砲列や後甲板に設置された大砲のほかにも火砲を備えていた。旋回砲(swivel gun)は旋回・俯仰が可能な砲架に小口径砲を搭載したもので、接近戦時に敵甲板を射撃するために用いられた。他には海兵隊がマスケットを装備しており、甲板上に整列して射撃したり、あるいはマスト上からの狙撃に使用する。艦長によっては狙撃兵にライフルを配備することもあり、ネルソン提督を狙撃したルドゥタブルもそのような戦列艦だった。

切り込み
戦列艦による海戦ではしばしば数十メートルの近距離での砲撃戦となり、時には「舷々相摩す」[4]状態となった。このような状態では海兵隊員や水兵にピストルや短剣、槍を持たせて敵艦を襲撃し、制圧を試みることがあった。しかし接舷戦闘は砲撃戦で一方の艦が大きく損傷してから行われることが多く、大規模な切り込みが生起することは少なかった。海戦時に降伏する艦の多くは砲撃だけによって降伏に至ったのである。

戦術
長い間戦列艦による戦法は単縦陣を形成しての砲撃戦が支配的であった。戦列戦術は舷側に砲を配置する戦列艦の特性を生かすものではあったが、第2次百年戦争で次第に戦列を墨守しても決定的打撃を与えられないことが認識されるようになった。そのためネルソン提督は戦列による同航戦に替わって乱戦戦術を採用し、彼の指揮下のイギリス艦隊はトラファルガーの海戦において敵戦列中央を突破して分断し、各個撃破する戦法で勝利を収める。イギリス艦隊の先陣を切ったロイヤル・ソブリンとヴィクトリーは大きな損害を受けたが、敵艦隊との錬度・士気の差もあって後続艦が到着するまで耐え抜くことに成功し、以降は局所的優勢を確立したイギリス艦隊が優位に戦いを進めた。こうして戦列を原則とすることは見直されたが、その後戦列艦による艦隊決戦は発生しなかった。

現存する戦列艦
現在も往時のまま保管されている戦列艦はヴィクトリーだけで、これは記念艦としてネルソン提督がトラファルガーで指揮した時と同じ姿を保っている。現在ヴィクトリーは乾ドックに入ってはいるが、なおもイギリス海軍の現役の軍艦であり、世界最古の現役艦でもある。

スウェーデンのヴァーサは1628年にバルト海で沈んだ64門艦で、1956年に発見された。そして1961年に非常に良好な状態で引き揚げられ現在はストックホルムのヴァーサ博物館として公開されている。ヴァーサは建造当時スウェーデンで最大の戦列艦だったが、今日ではスウェーデンで最も人気のある博物館である。
こどまり バーベキュー スターライト ハンバ むぎわら ヘデラ スクエア レポレート タチアオイ かささ あとがま レムリア 紙飛行 モノカイ サフル サウジ ラノオ ダクション かしはら デコラ フルス レべリング クンツ フェライト かぶとが ピンチ ナビユタ わらび野 コロポ リパー ライセ あねご トーテム 世界一周 しゃな ロコモー シュー ファーム てごろ ンソウ ドライ リード オミット ドルチェ イズム セッティ スイート ハジサー つきほと 桃一郎

水中に残っているものとしては前述のセント・ローレンスがある。この艦はオンタリオ湖の沿岸に沈んでおり、ダイビングスポットとして人気がある。

広義の戦列艦ではポーツマスに装甲艦ウォーリアも展示されている。退役後50年もミルフォード・ヘイブンで突堤となっていたウォーリアだが、現在では往時の輝かしい姿に復元されている。ポーツマスには他に1510年進水の78門キャラックであるメアリー・ローズから引き上げられた遺品も展示されており、帆走軍艦での水兵たちの生活を知る良い資料となるだろう。

文学の中の戦列艦
アメリカ独立戦争からナポレオン戦争にかけてのイギリス海軍を舞台にした海洋冒険小説は多数存在するが、戦列艦を題材にしたものはフリゲートに比べ少ない。これはフリゲートが多種多様な任務に単独で使われたのに対して、戦列艦は艦隊の一部として行動することが多く冒険性が少ないことが原因として挙げられる。このような見方は18世紀当時から存在しており、特にフリゲートは敵艦船を捕獲して賞金を得る機会に恵まれていると考えられていた。戦列艦を書名に持つ作品としてはセシル・スコット・フォレスターのホーンブロワーシリーズに「燃える戦列艦」(原題:A Ship of the Line)があるが、これはスペイン沿岸での単独行動を描いたもので戦列艦本来の任務とは言い難い。

2009年02月14日

パルフェ 〜ショコラ second brew〜

中世ヨーロッパの街をイメージした大型ショッピングモール「ブリックモール」。グランドオープンを間近に控え、飲食店の誘致を進めていた。

ある日、主人公である高村仁の元にブリックモールから一通の電話が舞い込んだ。仁の義姉である恵麻が経営していた小さな欧風アンティーク喫茶「ファミーユ」。あろうことかブリックモールはその弱小店舗であるファミーユに出店して欲しいと言ってきたのである。しかし、ファミーユは半年前の放火による火災で店舗を失って休業中だった。
ビレッジ ジュレーター ララバイ 幸せの鳥 モノライン ギンヌン オプシン レンズ じゅん ナッパ トマト データ リデュース ピンサロ ブッフェ ニング エンド ちゃうす デンド ドライブ クロマ レトロ シロホン タンタン オーダ キットキ メソポ オフデ スイス デシベル ノニ チョコ ムルデ ジャバ オパール ソワニ カノン カキラン ニズム ロード フィード シュルント ミードテ リニアック たてあな ランナ バギナ パイント ドスキン ヨーデル

悪戦苦闘しながら開店準備を進める中、ありえない程に恵まれた出店条件の裏を知らされる。ファミーユの予定場所の真向かいの店は「キュリオ」。ファミーユがそのコンセプトを学び、模倣したオリジナルである店の3号店であった。

圧倒的な人気と実力を誇るキュリオを前に、仁はまたも悪戦苦闘を強いられる。仁、明日香、かすりの3人だけでの始動を余儀なくされた開店の前日深夜、滑り込みで現れたバイト志望の少女、由飛。なぜかキュリオのチーフである玲愛との言い争いを発端にキュリオと売り上げ勝負をすることになってしまうファミーユ。

ファミーユ、そして仁の運命は一体どうなってしまうのだろうか……

高村 仁(たかむら ひとし)
誕生日3月某日 板橋曰く「両天秤座」
主人公。名門八橋大学在籍の経済学部3年。半年前まで喫茶店ファミーユで働いていたが、店が放火により焼失。しばらくは真面目に大学に通っていたが、ファミーユにブリックモール出店の話が出たとき、ファミーユを復活させるため大学を休学し、店長兼コックとなる。比較的に真面目で優しい性格だが、恋愛面では鈍感で奥手。そして、失言が多く、天然で女の子を怒らせるような発言をすることもしばしば。また、相手の事になると周りが見えなくなることもある。ベランダで一日一本タバコを吸う習慣がある。
無類の卵好きでこだわりもかなり強い(天津飯に生卵を混ぜるなど、悪趣味に見られる行動に出る程)。卵を使った料理に関しては他の追随を許さない。メインの食材でなくても卵が関わるものならほぼ何でも作れる。また、ケーキなどで使う卵をかき混ぜるのも天才的な腕を発揮させる。しかし、卵が絡まない物の場合は凡庸かそれ以下の腕前であり、うまく作ろうとしても何故かうまくいかない。
本姓は「杉澤」。幼い頃に父母を亡くしたことで母方の叔父夫婦である高村家に引き取られている。父の名は弘文(ひろふみ)、母は佐恵(さえ)。3年前までは実兄の一人(かずと)がいたが事故で他界している。そのため、家族へのこだわりも人一倍強く、義理の姉である恵麻の世話などを焼きどシスコンと揶揄されることもある。一方で里伽子には頼りっきりである。
今でこそ名門である八橋大学に通っているが、かつては病弱で成績も普通だったため、天才といわれていた兄と比較され、そのことにコンプレックスを抱いていた。
本編が始まる前、店が焼失した後に里伽子に告白したが、心にもない事を言われ振られる。それ以降は以前にも増して恋愛奥手の性格になる。また、タバコは実は苦手であり、兄を失った恵麻を慰めるために兄がよく吸っていたタバコによって兄の名残を残すために吸っている。
風美 由飛(かざみ ゆい) 声:高槻つばさ / 宮崎羽衣
身長/160cm 体重/47kg B 88(D) / W 53 / H 84 血液型B型
ファミーユの新入店員。主にフロアを担当している。ブリックモール店開店前日に突然現れ、仁もそのてきとーさ加減に初めは採用する気はなかったが、その楽しそうで美しい歌声に惹かれ迎え入れることになる。
明るくお気楽脳天気、人見知りしないを通り越して馴れ馴れしいため、ファミーユにも簡単に馴染んでいく。最初はそれぞれ「店長」「由飛くん」と呼んでいたが、あるときを境に名前で互いに呼び捨て合うことになる。オーダーを間違えたり食器を割ったりとミスは多いのだが、それを愛嬌で丸め込んでしまうので、苦情にならないどころかそれすら人気へと繋げてしまう"天才"でもある。
ほぼ即興のミュージカル風の歌を歌いながら接客する癖があり、それが大ウケでやがてはブリックモール全体の名物にまでなっていく。特技はピアノで、覚えている曲ならば譜面なしで弾けてしまう程の才能を持つ。また、指が長く、普通の人間じゃ振りほどけないほど握力をもつ。
風美の両親と死別した際にピアノの先生であった花鳥家の養子及び玲愛の義姉となり(5年前)、現名は「花鳥 由飛」。玲愛とはピアノの教え子時代から仲が良かったが、「実子の玲愛は就職したのに養子の自分が進学した」ことなどに引け目を感じ、接することを躊躇っているうちに距離が出来てしまった。だが、血は繋がっていないのに玲愛と似た部分もある。
元々は大和音大に通う大学生だったが、一年留年をし、以後単位をまったく取っていない。かつてはプロ混じりの全国コンクールで3位となりピアノの天才とまで言われていたが、あるトラウマによって弾くのを躊躇っている。
花鳥 玲愛(かとり れあ) 声:松永雪希 / 野川さくら
身長/161cm 体重/45kg B 83(B) / W 52 / H 82 血液型A型
キュリオ本店から派遣された3号店のチーフ。キュリオ3号店にも店長は存在するが、普通の店員の2.5倍働くため実質的には3号店は彼女の手により動いている。キュリオ始まって以来の堅物で、他人以上に自分に厳しいアッパー系真面目人間。出会って早々の口喧嘩が原因で、仁といがみ合う事になる。しかし、超善人のお節介な部分もあり、ライバルである仁に的を射た助言をする事も多い。また、社員寮として移り住んだマンションでは仁の部屋と隣同士であり、時折ベランダに出ては仁と話をすることもある。
日仏ハーフの金髪ツインテール(元はストレート)。しかしその容姿とは裏腹にフランス人の母親共々日本文化にどっぷりとつかっており、フランスにも一度も行ったことがない。また鍋物やほうじ茶などを好み、寒い時には母親お手製のどてらを着たりもしている。
あだ名は「カトレア」だが、本人はその呼び方で呼ばれることをかなり嫌っている。薬が大の苦手で、内服液しか飲めない。また、仁とよく口げんかをしているので、周りの人間からは痴話喧嘩だと思われており、キュリオの店員の間では仁と付き合うのではないかと賭けをされている。2号店店長の結城大介(前作の主人公)を尊敬している。
由飛の義理の妹。元々はピアニストの家系で自分もそれなりの技術を持っていた。しかし由飛の天才的な才能に決定的な差を思い知り、学園時代にはもうピアノをやめて様々なバイトをこなした末、大学に行かずキュリオに就職している。由飛の事も好きなのだが、ピアノの腕や人を惹き付けるその性格といった天才さに感じたくもない嫉妬を感じ、避けてしまうようになった。
エロゲ業界における ツンデレキャラの代表的存在であり、2005年度最強のツンデレキャラ、ツンデレクイーンとの呼び声も高い。[要出典]ツンデレブーム全盛期の後押しがあったとはいえ現在も有数の人気キャラであり、ときにキャラはカトレア、シナリオは里伽子と言われる事ほど。TVアニメなどにならず家庭用移植程度のメディアミックスで留まった本作品の知名度の低さにも係わらず、松永雪希が演じたキャラの中では『SHUFFLE!』のネリネと並ぶ人気を持つ代表キャラクターである。
『パルフェ Re-order』ではキュリオ本店でバイトしていた時代のエピソードが収録され、髪を下ろした立ち絵も登場した。また『ショコラ Re-order』の追加シナリオで一足早く登場している。
雪乃 明日香(ゆきの あすか) 声:MIENO / 稲村優奈
身長/153cm 体重/44kg B 92(F) / W 52 / H 79
仁の家庭教師の教え子でありファミーユの店員で、マスコット的存在でもある。主にフロアを担当し、接客に関しては最も安定してこなしている。現役女学生であり清城女子学園2年。本店メンバーの一人であり、ファミーユを復活させる際真っ先に復帰を表明する。仁のことを家庭教師の先生として「せんせ」、店の店長として「てんちょ」と呼んでいる。メンバーの中では最年少だが、胸が一番大きいためそのことを指摘されることも多い。
素直で健気な可愛い性格だが、いたずら好きで耳年増な小悪魔でもある(フォセットのちびキャラマスコットでは、クリックすると悪魔の羽が出てくる)。こつこつ真面目な努力家タイプなので、てきとーな由飛に振り回され、ちょびっと冷たく当たったりもする。成績は優秀であり学園ではクラス委員も勤めている。また、仁と同じ大学に行きたいため八橋大学を狙っている。
涼波 かすり(すずなみ かすり) 声:神月あおい / 中原麻衣
身長/158cm 体重/44kg B 84(C) / W 51 / H 80
ファミーユの店員。本来パティシエール見習いだが、フロアもこなせる貴重なマルチプレイヤー。恵麻が復帰する前までパティシエールをたった一人で務め、かつ必要時にはフロアまでもこなしていた。恵麻が復帰以後、恵麻のアシスタントを務める。実家は老舗の和菓子屋で、その当主でもある姉は和菓子界でも新進気鋭の職人。そのため姉との差を感じ実家を出てファミーユに入った経歴を持つ。洋菓子職人として頑張っていたことがバレ、ファミーユ本店焼失後は本人曰く、実家に強制送還され軟禁状態だった。だが、迎えに来た仁と駆け落ちした、と吹聴して復帰する。
一見清楚な大人の女性だが、性格は気さくで良く笑いノリもいい、愉快な人である。仁と関係があるような言動をしては仁をからかったりもする。恵麻を尊敬しており彼女に少しでも近づこうと、表でふざけつつも影で必死に努力している。掛け値なしに優秀なのだが、天才の壁は厚く苦悩している。
また、恋愛話が豊富であり、由飛や明日香に体験談などを話し盛り上がっている場面もある。
杉澤 恵麻(すぎさわ えま) 声:Yuki-Lin / 千葉紗子
身長/166cm 体重/51kg B 91(D) / W 55 / H 87
ファミーユの総店長であり仁の義理の姉。元々の姓は高村だったが、仁の兄(一人)と入籍し杉澤となる。だが、一人と入籍した直後に一人は事故で失い、彼が残した喫茶店ファミーユを仁たちの支援から成り立たせる。だが、ファミーユ本店が火事で焼失したことにより菓子作りへの情熱を失い、現在は保険の外交員をしている。ブリックモール店を開店する際、ファミーユを復活させることを反対していたが、仁の情熱とピンチを知ってから、今の仕事を辞めパティシエールとして復帰する。仁の店だという理由から仁を店長にしているが、陰で支える立場から総店長となる。
義姉弟の関係となったころからかなりのブラコン(恋愛感情有り)であり、一端スイッチが入ると仁のことについてかなりの時間語り続ける。だが、仁の失言や歳関連でツッコまれた時は笑顔のまま大激怒する。また、寝起きが悪く、仁が起こしに行かないとずっと寝ていることもある。だが、逆にずっと起きていることは可能。
計量も何もせずに作るため傍から見るとかなり大雑把なのだが、それでも美味しく作れてしまう。その腕はキュリオ本店のパティシエール橘さやかにも引けを取らないが、彼女の作る菓子の魅力は洗練されたというよりはむしろ洗練されていない素朴な味わいで、それは仁がファミーユの名前を決めるときにカンバーニュ(田舎)という店名を提案したほどである。だが、自分で作るのは得意だが他人(かすり)に教えるのは苦手、しかも手を出さずに見守るということが出来ない。また、自分の気まぐれで新商品を簡単に作ったり、みんなが疲れきっている中ケーキを食べたいからとケーキを作り出したりもする。
仁の名前の読みは「ひとし」だが、彼女は「じんくん」と呼ぶ。これはまだ親戚関係だったころに「仁」という字だけ読んで「じん」だと勘違いし周囲に笑われたことがきっかけで意固地になってそう呼び続け、いつのまにか定着したものであるという。
仁の兄と結婚したが、本当は仁のことが好きだった。高村家でも仁を恵麻の婿にと考えていたが、仁が養子となったことで永遠に叶わない恋となってしまう。そのため、仁が他の女の子と付き合う時は、たとえ仲のいい女の子であろうと必ず反対する。
夏海 里伽子(なつみ りかこ) 声:浅野麻理亜 / 新谷良子
身長/163cm 体重/48kg B 87(C) /W 53 / H 83 誕生日7月20日
仁と同期の八橋大学在籍の大学生。ファミーユ本店ではチーフを務め、店の立ち上げやキュリオを見習ったコンセプトの導入などを取り仕切った才媛。制服をデザインし、試作品の製作までしたのも里伽子である。ただしドライで無愛想なのが玉に瑕な、ダウナー系真面目人間。
就職活動を理由に仁のファミーユ復帰の要請を断り、ブリックモール店を出店する際もキュリオ3号店の存在にいち早く気づき反対した。だが、その後もブリックモール店の実質的なブレーンとして活動し広い人脈などを駆使しファミーユを支援する。勝ち方を良く知っている策士ではあるが、なりふりの構い方はあまり知らない。仁に頼られることが多く、初めは渋るものの、その後に「しょうがないなぁ、仁は」の一言で必ず仁をサポートする。
眼鏡をかけた時に仁に大笑いされたのがトラウマとなっており、仁の前では眼鏡をはずして裸眼ですごそうとするものの、視力がかなり悪い彼女にはそれはかなり難しいようである。また、コンタクトが苦手らしく、コンタクトにはしない。
半年前に起こったファミーユ本店の火災にたまたま居合わせていた唯一の関係者。忘れ物を取りに店に戻ったところ火災に気付き、焼け落ちる建物に飛び込み仁の家族の位牌を守った。里伽子の働きにより位牌は無事だったものの、その代償として利き腕の左腕の神経を損傷、左手を動かせなくなってしまう。アドバイス役を務めながらも自分自身はファミーユに復帰しないのはこのためである。この直後仁の支えを必要としていたが、彼が恵麻につきっきりであったためそれは叶わず、仁との間に深い溝を作る結果となった。尚、里伽子は一連の出来事における自分の行動をファミーユ関係者に明かしておらず、心と身体に受けた傷は今も癒やされていない。
また、仁の事は出会った当初から好きで、彼が告白してくることを待っておりヤキモキしていた。そして、火事が起こった直後に告白されるが、彼が頼りたくとも頼らせてもくれなかった事、自分が彼の役に立てなくなった事などが理由で、心にもないことを言って彼を振っている。そのため、今でも仁に対する恋心と前述の心の傷とに揺れ動き、ドライな感情の裏側で他の女の子と仲良くしているのを見てやきもちを焼くこともある。
前作『ショコラ』の香奈子、処女作『Ripple』のあおいといったヒロインが持っていた要素を踏襲しており、ライターの丸戸史明いわく「あおいのリベンジを意識したキャラ」であるとのこと。
前述したそのシナリオの性質上前作の香奈子同様「最後に攻略すべき」というユーザーの意見が多い。初回プレイではトゥルーエンドに辿りつけない点も同様。
川端 瑞奈(かわばた みずな) 声:深井晴花 / 庄子裕衣
本店から派遣されたキュリオ3号店のサブチーフ。玲愛の友人であり、彼女のサポート役。玲愛がファミーユと敵対しているのとは正反対に、仁とは積極的に話しかけてくる。家は仁と同じマンションで、仁の部屋の二軒隣。そのため仁と玲愛の喧嘩やいちゃいちゃを見せつけられる。
明るくさっぱりとした性格。たまに玲愛をからかうような発言をしては彼女を怒らせいじっていることもある。だが、キュリオの悪口を言われた時に彼女には珍しく怒るなど、純粋な心も持っている。将来、喫茶店を経営することを目標としており、キュリオに入ったのもその目標のための第一歩。かなりの勉強家でもあり、仁すらも納得させるほどの喫茶店の知識を披露する。また、田舎がコンビニの少ない地域で育ってきたため、コンビニを日に3回行くほどコンビニ通いをしている。また、元々は陸上部だったらしく足が速い。実家は農業をやっているらしく、リンゴが送られてきたり、帰省した際に持ちきれないほどの野菜を持たされることもある。また、酒を飲むが、ワインだと悪酔いしてしまいなかなか目を覚まさなくなる。
喫茶店の知識があり実力が高いものの、努力をする人間はたとえどんな努力はしたとしても才能のある人間が努力をすれば必ず負けてしまうと考えている。そのため、友人であるが実力も才能もある玲愛のことをコンプレックスにもっている。
当初はサブキャラだったがPS2版でヒロインに昇格。如何にもサブキャラだった立ち絵が可愛く描き直されている。
沢崎 美緒(さわざき みお) 声:斎藤桃子
PS2版の新キャラクター。卸会社「沢崎珈琲」の営業部員。ファミーユとは本店の頃から付き合いがあり、のちに恵麻の復帰と共にファミーユの店員になる。バリスタの日本選手権で新人王に選ばれており、コーヒーの知識だけでなく技術も高い。また、独特のブレンドを作り出す味覚の持ち主。将来は一流バリスタを目指している。コーヒーに対して誇りを持っており、コーヒーを馬鹿にしたら激しく怒る。
男勝りな性格や口調だが、冷静で他の店員をツッコむことが多い。また、見た目とは裏腹に繊細な心の持ち主。現在は専門学校時代に作り出したバリスタ風の格好をしているが、実は胸が小さく、ファミーユのメイド服で一番胸が小さいサイズを着たとしてもぶかぶかになってしまうためである。
ファミーユメンバーの中ではかすりと一番仲がよく「かすりん」と呼び、かすりも彼女の事を「美緒っち」と呼ぶ。仁のことを「じん」と呼ぶが、これは恵麻が呼んでいる呼び方が正しいと思ったから。姉がいるが、姉とは仲が悪く話もあまりしない。

サブキャラクター
板橋孝明(いたばし たかあき) 声:リッキー力 / 立木文彦
キュリオ3号店の店長で、玲愛とは本店の頃からの上司。もっとも実際にはチーフの玲愛が店を仕切っている。「カトレア」呼ばわりの常習故意犯。営業時間にもかかわらずファミーユに入り込んで恵麻を口説いたり、ブリックモール内をうろうろしたりする事が多くかなりのマイペース人間。しかし、時々かなり重みのある事を口にし、またやり手であることをうかがわせる事もある。
本店では「切れ者」と言われ幹部候補とも言われているらしいが、本人は本店に戻る気がなく自由気ままにやっている。
成田 芳美(なりた よしみ) 声:鮎川奈知 / こやまきみこ
キュリオ3号店の現地スタッフ。小柄で元気な現代っ娘。ルートによっては明日香と情報交換している場面もある。
長谷川 ひかり(はせがわ ひかり) 声:中家菜穂 / 川瀬晶子
キュリオ3号店の現地スタッフ。ロングヘアで伏し目がちの女性。
涼波 紬(すずなみ つむぎ) 声:桜川未央 / 伊藤亜矢子
京都老舗の和菓子処「すゞなみ」の当代の主でかすりの姉。和菓子界の王女と称される職人。和菓子作りが大好きで、その辺は恵麻と共通する部分がある。洋菓子をあまりよく見てはおらず、隙あらばかすりを家に連れ戻そうとしている。妹がついた嘘のせいで、仁とかすりが恋仲であると誤解している。かすりとは違い京言葉で話す。
涼波 源一郎(すずなみ げんいちろう) 声:山口一樹
紬とかすりの父親で和菓子処「すゞなみ」の先代。病気がちのわりには、怒ると銘刀「虚鉄」を持ち出して暴れだす。かすりに会いにきた仁をかすりの男と誤解して斬り殺そうとした。
桂木美鈴(かつらぎ みすず) 声:桜川未央 / 儀武ゆう子
清城女子学園の学生。明日香の親友であり、彼女のクラスの副委員長を務めている。
高村 征氏(?) 声:前中礼二
恵麻の実父で、仁の養父。仁の実母である杉澤佐恵の弟にあたる。仁を引き取った事と一人の結婚問題のため、杉澤家側の一方的な言いがかりにより絶縁状態にある。将来は仁を高村家の跡取りにしようと考えている。
高村 みつえ(たかむら みつえ) 声:神月あおい
高村征氏の妻。恵麻の母親。恵麻が帰省してきた時には必ず縁談を持ち掛けてくる。
杉澤 一人(すぎさわ かずと)
仁の歳の離れた兄であり恵麻の旦那。仕事は商社マンで、恵麻のためにファミーユ本店を建てている。恵麻と入籍後、海外の仕事先で事故死する。性格良好、成績優秀、運動神経抜群と全てにおいて完璧な人間だが、重度のヘビースモーカーで一日三箱が普通というのが玉に瑕。
両親が亡くなった時は大学生だったが、残された仁の事を考えて大学を中退し就職しようとも考えていた。だが、杉澤家からの干渉があり、それも叶わなかった。かなりのブラコン(恋愛感情無し)であり、仁の前ではあまり口には出さなかったが、たった一人の肉親である仁のことを誰よりも大切に思っていた。
沢崎 都(さわざき みやこ) 声:井ノ上奈々
PS2版の新キャラクター。卸会社「沢崎珈琲」に属している喫茶店「SAWA」の店長であり美緒の姉。父親が実家を出て行き、母親が倒れたことでSAWAを引き継ぎ大学を中退している。当初はパンを作りがんばっていたが、営業がうまくいかずに採算重視にして店を立て直した。
性格はクールで感情的になることも少なく、明日香からも「雪女」と言われるほど。かつて、美緒が新人賞を取ったときに美緒の成功を売り込みにしようとしたことで美緒との絆が壊れ溝が深まることになる。だが、口では出さないものの美緒の才能や成功を誰よりも喜んでおり、美緒のことを影ながら支えている。
大村 翠(おおむら みどり) 声:松下雅 / 新谷良子
キュリオ本店フロアチーフ。『ショコラ 〜maid cafe "curio"〜』のヒロインのひとり。ゲーム中は単に「女性店員」と表現されることも。
榊原 宏幸(さかきばら ひろゆき) 声:一条和矢
キュリオ本店コック長。『ショコラ 〜maid cafe "curio"〜』からの登場。スタッフロールでは単に「榊原」と表現される。
橘 さやか(たちばな さやか) 声:かわしまりの / 福井裕佳梨
キュリオ本店パティシエール。『ショコラ 〜maid cafe "curio"〜』のヒロインのひとり。
結城 誠介(ゆうき せいすけ) 声:祭大!
前作の主人公、結城大介の父で、喫茶店キュリオの総店長。冒頭に於いて、ファミーユのブリックモール出店を打診してきた人物である(飲食店経営とは言っているが、キュリオの名は出していない)。

2009年01月28日

第二次ソロモン海戦

第二次ソロモン海戦(だいにじソロモンかいせん)とは太平洋戦争中、1942年8月24日にソロモン諸島の北で戦われた日本軍とアメリカ軍との間の海戦。連合軍側の呼称は東

背景
1942年8月7日、アメリカ軍は日本軍が飛行場を建設していたソロモン諸島のガダルカナル島に上陸、これを占領した。これに対し日本軍は艦隊を送り込み、9日に第一次ソロモン海戦が生起し、この海戦は日本軍の勝利に終わった。
マクロ ロード ナビビラ 地中海 フロー ワダン リグベーダ 探険隊 クロス テレキ シルエット メイン キュリーズ ファイト フロー ターキ 草競馬 ブロイ オフテン タオル ダイアリー ビルト ビヤマグ ビードロ ローシップ ウーマンパワー グルタチ ダクター ルテオリン マイムエ はだし ポルテ 百日紅 サイダー ミニカ プリンセス がんばる パーセント あばしり ショート スパル ましけ アジェンダ 氷河便利 シーベル フェイク アフタ フルーテ ドリンク トレンチ

日本軍は25日ごろまでにガダルカナル島を奪回することと決め、第二艦隊、第三艦隊が増援部隊輸送の支援を行うこととなった。16日、空母「翔鶴」、「瑞鶴」、「龍驤」を主力とする第三艦隊(南雲忠一中将)がトラックに向け出撃した。17日には日本軍一木支隊を乗せた駆逐艦6隻がトラックを出発し、18日にガダルカナル島に上陸した。19日、一木支隊の増援部隊が護衛の軽巡洋艦「神通」などとともにトラックを出発した。

一方、アメリカ軍も空母「エンタープライズ」、「サラトガ」、「ワスプ」を主力とする第61任務部隊(F・J・フレッチャー中将)をこの方面に進出させた。20日、日本軍の偵察機がガダルカナル島南東で空母を含む艦隊を発見した。そのため、第三艦隊はトラック入港を取りやめ南下した。さらに、トラックにあった第二艦隊(近藤信竹中将)も同日出撃した。21日、一木支隊はアメリカ軍に攻撃を行ったが、圧倒的に優勢なアメリカ軍の反撃で壊滅した。

海戦
8月23日朝、アメリカ軍のカタリナ飛行艇が日本軍の増援部隊を発見。「サラトガ」から攻撃部隊が送られるが天候不良のため発見できなかった。同日午前、「ワスプ」は燃料補給のため南下した。

24日、日本軍は軽空母「龍驤」、重巡洋艦「利根」、および駆逐艦2隻を分派してガダルカナル島攻撃に向かわせた。朝、アメリカ軍の偵察機が「龍驤」を発見。10時20分、「龍驤」からガダルカナル島へ攻撃隊が発進。11時45分、サラトガから「龍驤」へ攻撃隊が発進。12時25、日本軍の偵察機がアメリカ艦隊を発見。12時25分、「翔鶴」から第1次攻撃隊が発進。13時50分、サラトガからの攻撃隊が「龍驤」を発見。「龍驤」は爆弾4発、魚雷1本が命中し、18時に沈没。14時、「瑞鶴」から第2次攻撃隊が発進。14時38分、日本軍第1次攻撃隊がアメリカ艦隊に対し攻撃開始。エンタープライズに爆弾3発命中した。日本軍の第2次攻撃隊は敵を発見できなかった。

参加艦艇
攻撃を受ける空母龍驤
空母エンタープライズ
[編集] 日本海軍
第2艦隊

近藤信竹中将
戦艦1隻、巡洋艦6隻、駆逐艦8隻
第2水雷戦隊
田中頼三少将
軽巡洋艦:神通
駆逐艦:陽炎、磯風、涼風、海風、江風、睦月、弥生、望月、卯月、夕凪
輸送船:3隻
第3艦隊

南雲忠一中将、阿部弘毅少将
空母:翔鶴、瑞鶴
戦艦:比叡、霧島
重巡洋艦:筑摩、鈴谷、熊野
軽巡洋艦:長良
駆逐艦:秋雲、巻雲、風雲、初風、秋風、浦波、敷波、綾波
支隊
原忠一少将
空母:龍驤
重巡洋艦:利根
駆逐艦:時津風、天津風

アメリカ海軍
第61任務部隊

第11任務群
F・J・フレッチャー中将、C・H・ライト少将
空母:サラトガ
重巡洋艦2隻、駆逐艦4隻
第16任務群
T・C・キンケイド少将
空母:エンタープライズ
戦艦:ノース・カロライナ
重巡洋艦:ポートランド
軽巡洋艦:アトランタ
駆逐艦:バルチ(嚮導)、グウィン、グレイソン、ベンハム、モーリィ
第18任務群
F・C・シャーマン少将、N・スコット少将
空母:ワスプ
重巡洋艦2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦7隻

損害
日本海軍
空母:龍驤沈没
艦載機:25機損失
アメリカ海軍
空母:エンタープライズ中破
艦載機:9機損失

その後
伊19潜水艦の放った魚雷が命中、炎上する空母「ワスプ」8月25日、日本軍増援部隊はガダルカナル島からの航空攻撃で駆逐艦睦月、輸送船1隻が撃沈され、ガダルカナル島行きを断念した。日本軍の輸送作戦は失敗し、海戦はアメリカ軍の戦略的勝利で終わった。

31日、珊瑚海の哨戒を行っていた空母サラトガは日本軍の潜水艦「伊26」の雷撃を受け損傷し、この修理には3ヶ月を要した。さらに、9月15日には空母「ワスプ」が潜水艦「伊19」の雷撃により浸水と誘爆を招いて大破し、巡洋艦「ソルト・レイク・シティ」、「ヘレナ」、駆逐艦「ラフェイ」、「ランズダウン」に乗員を移乗の後、復旧が行われた。しかし、被雷後、燃料に引火して発生した火災を鎮火できず、自沈処分のため駆逐艦「ランズダウン」の放った魚雷3本が命中、「ワスプ」は伊19の攻撃による被雷から約6時間後に沈没した。

「サラトガ」の大破、「ワスプ」の沈没により、この方面で活動可能な空母は「ホーネット」のみとなってしまった。アメリカ海軍も空母戦力を失うが、ガダルカナル島のヘンダーソン基地航空隊増援によって航空優勢を確保し、日本軍はこの後、駆逐艦および大発による陸軍部隊機動や糧秣輸送(いわゆる「鼠輸送」、「蟻輸送」)を行うようになった。