2006年に入って、武装勢力がイラク人の技術者や知識人を巧妙に殺害していることがわかってきた。フセイン政権は国力となる知識階級を積極的に育成してきたが、武装勢力はこれらの人々を直接殺害、あるいは拉致してから殺害して死体を遺棄するなどの方法で、すでに医師が約300名、科学者が約100名、大学教授は80名以上が殺害された。知識階級はバース党員や旧政府の官僚が多かった為、抑圧されてきた勢力の犯行だと考えられるが、身代金目的の誘拐も数多い。このような治安悪化を理由として、40万人のイラク人が危険を感じて国外へ逃亡しており、国家の基礎体力低下は避けられない。2006年にイラクにいる医師は全土で2000名程度と見られている。
このため、イラク国内において、故意にイラクを弱体化させようと動く勢力の存在が浮かび上がっている。また、フセインは初等教育にも力を入れており、湾岸戦争前に9割あった(とされた)識字率も、戦後の経済制裁とこの戦争、続く統治の失策によって5割を下回っている。
2006年4月に入ると、エジプトやサウジアラビアの要人が相次いで「イラクは内戦である」と発言し、イラク移行政府が強く反発した。しかし国内はシーア派とスンニ派による抗争が過激化し、連日テロや殺戮が起こっていた。スンニ派が反発したのは移行政府首相がシーア派過激派のサドルと親密だったからである。4月22日、シーア派系議員連合「統一イラク同盟」(UIA)は、首相にジャワド・マリキを擁立した。スンニ派とクルド人も容認し、連邦議会が再開した。4月26日には早くもアメリカ政府からラムズフェルド国防長官とライス国務長官が相次いでイラク入りし、これを歓迎した。
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閣僚についての決定は、各宗派の調整に手間取り、閣僚をそれぞれの宗派の議席に割り当てることで合意するが、国防相と内務相をマリクが兼任すると言う暫定的な形となった。5月20日にマリクが閣僚名簿を読み上げ、議会が賛成して承認され、正式政府が発足した。フセイン政権崩壊から3年が経過していた。アメリカ軍は、政権発足時に25万4000人のイラク治安部隊を32万5000人に増強し、12月までに95パーセントを達成するとした。しかし、アメリカ軍の撤退については、ラムズフェルド長官は「削減できればいいが、約束はできない」と発言した。